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佐々木秀一の勝手にライナー 01.旅に出よう 『ぼくの伯父さん』の終幕、アルペル氏とジェラール少年がユロを空港まで見送るシーンに流れる曲。サウンドトラックのディキシーランド・ジャズを、ここでは軽快なボサノバに編曲。『プレイタイム』冒頭では病院のようでもありオフィスのようでもあるオルリー空港だが、『伯父さん』最後のオルリーのゲートは、ダンスホールなんだか空港なんだか分からない。そんなダンスの旋回運動を意識したような伊左治直のピアノと、山辺義大の透明なギターのからみが心地よい。山辺のギターは以下全編を通じてこのアルバムに落着きを与えている。ちなみにこの曲は、前作『ぼくの伯父さんの休暇』でも重要な役割を演じているが、曲がアラン・ロマンによるものなのか、ジャズの古いスタンダードなのかは不明。佐々木秀一の勝手にライナー 02.花火
SE(サウンド・エフェクト=効果音)風のユーモラスな断章。『休暇』最後の大活劇シーン……夏の夜、浜辺に打ち上げられる花火……と、映画を観てない人が聞いたら、いかにものどかな夏の風物詩のようだが、しかし、これがとんでもなく人騒がせな「たまや〜」。タチの映画には上昇運動(上下動)に結びついた笑味も多く、『伯父さん』のお魚噴水や、酔っぱらったフランソワがふらふら追いかける『のんき大将』の風船なども連想される。演奏はアンサンブル「スプリンクラー」。撒水機も時として焼け石に水。あれあれ!花火は止まらない。(ワンワン)佐々木秀一の勝手にライナー 03.
言わずと知れた『ぼくの伯父さんの休暇』テーマ曲。作曲のアラン・ロマンは第2次大戦中、ドイツ当局に捕らえられ(レジスタンス活動が因か?)銃殺刑を宣告された。幸い銃弾は臓器を外れ、そのまま野ざらしにされながらも何とか一命をとりとめる。1937年から1958年までパリのパンティエーヴル通りに居を構えたタチは、戦後、通りの向かい側のレストランでアラン・ロマンがピアノを弾いているのを耳にする。これが二人の出会いらしい。本作で歌われる詞は、エディット・ピアフなどに多くの歌詞を提供したアンリ・コンテによるもの。映画のヒットにともないフランスではカバーの競作となった。本トラックでは海辺のコラージュのような冒頭のSEから、クールでいて温かみを失わない武藤志穂の歌声、そして鈴木潤の嫋々たるメロディオン(鍵盤ハーモニカ)が、ヴァカンスの昂揚と喪失の物語を聴かせてくれる。佐々木秀一の勝手にライナー 04.ストランド音楽 『プレイタイム』の序盤、商業展示会場のシーンに流れる曲。建物を正面に、ガラスのドアが閉まると旋律も聞こえなくなるから、映画のBGMではなく、作中の会場内に流れるBGMという設定になろう。ドーリア式くずかごを実演販売する女性店員のスローモションな仕草に、この音楽がかぶさるシーンの、何とエレガントで滑稽なことよ。余談だが、タチの映画では、映画世界の内と外を同じ曲が行き来するケースがよくあり、『休暇』や『伯父さん』のテーマ曲は作中人物たちによってもスキャットされたり口笛で吹かれたりする。本トラックは何よりアレンジが絶妙。ダブルのメロディオンとリコーダーの吹奏アンサンブルが、何気ないようでいて、とても繊細である。それにしても南天夢譚のメンバーはみな楽器を鳴らすのが巧い。これは得がたいことだ。佐々木秀一の勝手にライナー 05.郵便屋さん、左側にはご注意を! ジャン・ヤトヴは戦前、「リド」や「ABC」といったミュージックホール系劇場でオーケストラを指揮していた。同じくパントマイム芸人だったタチとは、いわば共演仲間。『左側に気をつけろ』『郵便配達の学校』『のんき大将』と、タチ初期の3作品にスコアを提供している。このトラックでとりあげられるのは、3作を通じて郵便配達シーンに流されるテーマと、短篇2作の印象的なタイトルバック(兼エンディング)曲。郵便屋さんのテーマが編成を変えたデュオでリピートされ、タイトル曲で幕という、短編を続けて観るような構成。短篇の曲までカバーしてもらえるなんて、タチフィルにとってこれほど嬉しいことはない。 佐々木秀一の勝手にライナー 06.東の島のぼくの伯父さん♪ ジャック・タチの代名詞『ぼくの伯父さん』のテーマ曲。作曲家フランク・バルセリーニ、一代の傑作でもある。出典は知られずとも、BGMとしてこれほど人口に膾炙した旋律は、映画音楽史上類を見ないのではなかろうか。若き日にこの映画の輸入を担当した映画評論の大御所・秦早穂子女史は、この作品の日本での成功を「あの音楽に乗せられたからでは」と述べている。この曲は公開当時(1959年初)の「東の島」でも中島潤、高英男、木村正昭らによってカバーされ、特に中島潤バージョンは3カ月にわたり日本の洋楽部門トップ10にランクインするヒットとなった。本作では、鍵盤ハーモニカのソロをはさんで、前半で中島潤版、後半で高英男版の日本語歌詞が歌われるが、この Y-co & I-co のデュエットは、さながら現代版ザ・ピーナッツのごとき快唱。アシッドジャズ系の歌姫Y-coは、従来とは歌い方を変え「匿名性の、歌いあげない」唱法を採用したと述べている(HPのBBS)。いわば「テレビを見ながら」うわのそら、のようなイメージを押し出したわけだが、それがクールでテクノなサウンドにぴったりマッチし、不思議な魅力を発散している。最後にちょっとだけ加わる男声ボーカル(誰?)も味がある。ちなみに高英男バージョンのオリジナル音源は、日仏合同制作のLP第1弾としてリリースされたもので、シャンソン歌手の日本男児・高英男は大いに我彼の文化を意識し、途中で民謡風な合の手まで入れた、サービス満点の怪演だそうである。それが40数年後、ウンジャマラミーやパラッパラッパーすら想起させる、ノリノリにモダンな形でリバイバルするとは、高氏もさぞかし驚きだろう。本CDの表看板とも言うべきポップな1曲。佐々木秀一の勝手にライナー 07.酔っ払いのファンファーレ
『のんき大将』で村のラッパ吹きが吹奏する。正確には、ラッパ奏者氏も祭りの酒に酔ってしまい、ロレツがまわらず吹奏になっていない。祭りの日の深夜、ヤケ酒をしこたま呑んだ郵便配達人フランソワが林のなかの一本道で繰り広げる珍妙爆笑の酔態は映画を観てのお楽しみだが、そのバックでクダを巻いているのがこの曲。ラッパも自転車も、フランソワも、バスメロディオンも、みんなへべれけに酔っぱらってるわけですなあ、これ。佐々木秀一の勝手にライナー 08.祭の日
『のんき大将』(原題『祭の日』)テーマ曲。この曲も映画のBGMとして流れたり、映画の中に出てくる縁日のストリートオルガンから流れたりと、作品世界の内からも外からも登場する。映画世界の中の流行歌をひょいと拾いあげて、それをそのままBGMに用いました、とでも言いたげなタチの音楽処理の典型。伊左治直はその優れた論考で、『ぼくの伯父さん』のエンディング・テーマが、偶然ゆっくり上げられていった照明を媒介に、映画のBGMから現実の映画館のBGMへと変貌していった戦慄的体験を語り、ラスト55秒間の「闇」の謎にあざやかな推論を与えた。確かに、映画世界の中の音楽→映画のBGM→現実世界のBGM、という縦断構造は、タチ・ワールドの不思議な開放感にぴたり通じている。あたかも、楽屋・舞台・客席の仕切りが一瞬のうちに消滅してしまう『パラード』の戦慄的ショットに似て。……などという理屈はやめにして、CDに話を戻そう。なぜなら、愛らしいワルツを奏でるこのトラックあたりから、編曲の鮮やかさ、アコースティックの美しさ、プレイの純度、いずれもが際立ってくるのだから。この曲では北口大輔(ミスター超絶技巧!)のチェロの音色が、とくに心にしみる。*伊左治の論考は『ジャック・タチの映画的宇宙』(エスクァイア マガジン ジャパン刊)より 佐々木秀一の勝手にライナー 09.TATIVILLE Tour (プレイタイム〜夜の学校〜ロイヤルガーデン〜暁)
『プレイタイム』と『ぼくの伯父さんの授業』より。寝静まった夜のタチヴィルを巡っているうちに、いつのまにか空は白っぽくなって……。観光バスも、ハイモダンなビルも、バーバラのピアノも、青い空も、夢の沈黙に封印されるように静けさのなかに定着される。連作短篇のような本作のハイライトは、何といっても大橋恵里のマリンバだろう。「エリンバ」こと大橋は、伊左治の譜面を最初どうにもうまく弾けず、「クヤシくて眠れないほど落ち込んだ」(HPの日記)そうだが、そういう苦労があったとは信じられない素晴らしいパフォーマンスである。深海のヴィーナスもかくや! なお『プレイタイム』の音楽を担当した作曲家(シャンソン・シンガーでもある)フランシス・ルマルクは、惜しくも2002年に他界。代表作にイヴ・モンタンのヒット曲「パリで」ほか「小さな靴屋さん」など。いっぽう『授業』の音楽を担当したレオ・プチについては、残念ながら詳細不詳。佐々木秀一の勝手にライナー 10.揺れる声 『プレイタイム』の終幕、ビルの大きな窓ガラスに、観光客を乗せたバスが映る。窓拭き人がガラスを斜めに開閉するごとに、ガラスに映った乗客は、ジェットコースターに揺られるように角度を変え、「アー、オー」という嬌声がその映像にかぶさる。この合唱はそのSE風再現。本作の演者・合唱団「観光バス」とは、そのバスに乗り合わせたバス歌手連中で(ほんとかな?)、なかにはバリトンやアルトも混じってます。余談だが映画『ぼくの伯父さん』にも「揺れる声」が登場します。どの場面でしょう?佐々木秀一の勝手にライナー 11.Mon oncle(ぼくの伯父さん)
東の島で中島潤のカバー曲がヒットしていたころ、本国でもこの曲には歌詞が付けられた。作詞は『休暇』と同じくアンリ・コンテ。ただ『休暇』と比較するとこの曲の詞は、言葉がこみいっていて明らかに歌いづらい。フランスでもジャクリーヌ・フランソワやヴィッキー・オーティエといった実力派の歌手がとりあげたくらいで、カバーは意外と少ない。本作ではこの難曲を、フランス・バロックを専門とする村上雅英が澄んだソプラノで朗々と唱いあげる。アンリ・コンテの詞(CDのライナーには訳詞記載)を読んでもらえば分かるのだが、この曲の歌詞にはあるストーリーが込められており、それを再現するように歌唱と間奏が展開していくのがこの演奏の聴きどころ。それにしても村上の声は透明感があり、きれい。佐々木秀一の勝手にライナー 12.夜明けの道 『トラフィック』の音楽担当シャルル・デュモンは、エディット・ピアフ最晩年(1960年)のヒット曲「水に流して」の作曲者として、また自身シンガーとしても有名。デュモンと会ったタチは、初対面の席でだしぬけに「よかったら私の映画に曲を書いてくれないか?」と切り出した。デュモンは驚いたが、もちろんこのチャンスに飛びつき、「映像を見せてもらえたら、すぐ書きます」と答える。これに対しタチは、「いやいや、映画のテーマなんて、作曲には何の意味もない。メロディができたら聴かせてほしい。良かったら使わせてもらうよ」と答えたという。「車の話」とだけ洩らされた言葉を頼りに、デュモンが曲を持ってゆくと、タチは「良いのだが少し陽気すぎる」とか「もう少し愛想がないと」などと言ってなかなかOKが出ない。ある日、映画の中味などなにも考えずに作った曲を持参すると、タチは「これだ! これこそ私の望んでいたものだ! どうして私の考えが読めたのか?」と、やっと認めてくれたそうである。タチが音楽担当者すべてにそんな接し方をしてきたわけではないだろうが、タチ映画の音楽を考えるうえでは示唆的な逸話である。本作は、「雨で傘満開」のパーキングを優しく包みこむあの美しい「マリアのテーマ」を主軸に、(あの口笛の)テーマ曲のフレーズも挿入される。スキャットの近藤有華子は誰あろうY-coその人。このトラックにおける伊左治のピアノは、本CDでも白眉のプレイ。映画作家ジャック・タチと音楽家・伊左治直の魂が、羨ましいまでに共鳴している。主題の提示に続く展開部は、パラフレーズというより作曲家のオリジナルである。アルバム正編の最終曲で伊左治は、タチへそっとオマージュを捧げたのだ。バーバラに手渡された、あの小品のような。佐々木秀一の勝手にライナー (ボーナストラック) パラード
ジャック・タチの遺作『パラード』テーマ曲。作曲は『トラフィック』に続きシャルル・デュモン。オープニング、そしてエンドロールに登場するこの勇壮なマーチに、胸が締めつけられるのは筆者だけではないはずだ。『ストランド音楽』や『祭の日』もそうだが、こういう曲での伊左治の編曲は抜群に光っている。日本の雅楽すら想起させるエレガントな素朴さ。楽器の個性を色鮮やかに反映させたサウンド。まさに音色の魔術師の面目躍如である。伊左治によれば、この曲の収録を強力に推挽したのはリコーダーの浅井愛だそうだが、じっさいパレードの先頭を切って進み、錦上花を添えるのは浅井である。飛翔する小鳥のような、あるいはイノセンスの化身のようなそのリコーダーに、どうか耳を澄ませてほしい。佐々木秀一の勝手にライナー coda(Adieu ではなく) 揺れる声の答えは、「ガーデンパーティの場面」。お魚噴水をピシャール氏が修理した後、しばらく水の澄み方が一定しない。それを見て一喜一憂する参加者の「揺れる声」。
ところでジャック・タチの映画のように、このCDにも最後に優しいメッセージが込められています。では、ナイトミュージックの旅に
Au revoir !
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